NO10 東郷平八郎

(とうごう へいはちろう)

西郷隆盛や大久保利通と共に鹿児島の鍛治屋町で育つ。

薩英戦争や戊辰戦争も経験し、強い軍人のイメージがある東郷だが、

実は戦争嫌いで、本来は鉄道技師になりたかったという。

 

そこで、新政府の参議だった西郷にイギリス留学の相談をするが、

東郷の素質を見抜いていた西郷は、鉄道技師では当面、留学の計画はないことを伝え、

代わりに「日本が世界と互角に対峙するには海軍の力が必要で、この海軍に東郷が必要だ!!」

と、海軍としての留学のチャンスを匂わせ、東郷を口説いた。

 

鉄道技師にこだわっていては、留学のチャンスを逃してしまうと悩んだ末、

東郷は、尊敬する西郷に命を預け、海軍を生涯の仕事とする決断をした。

 

その後、海軍としてイギリスに留学。

海や船の知識や技術、そしてイギリスの船乗りのプライドを学んできた。

 

日清戦争では防護巡洋艦「浪速」の館長を務め、

また日露戦争では連合艦隊司令長官として日本海海戦を指揮、

当時、世界最強といわれたロシア海軍「バルチック艦隊」を撃滅させ、

その名を世界に轟かせた。

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​​日本鹿児島県

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