

岩手県から鹿児島県にまたがる8エリアに点在する幕末から明治末期までの23の構成資産のうちの一つで鹿児島には反射炉跡を含む旧集成館、寺山炭窯跡、関吉の疎水溝があります。
世界遺産の寺山炭窯跡。
1858年、反射炉などの燃料として用いる火力の強い木炭である白炭を製造するために建設されました。集成館から北東に5キロと近く、白炭に適した木材が多いため寺山に造られたと言われています。


歩きやすい短めのトレッキングコースになっていますが、炭窯跡の辺りは完全に天空の城ラピュタの世界で幻想的です。


この炭窯跡を含む集成館事業を興した島津斉彬を少し調べたので紹介します。

島津 斉彬(しまづ なりあきら 1809年4月28日ー1859年8月24日 )は、江戸時代後期から幕末の外様大名で、薩摩藩の第11代藩主。島津氏第28代当主。
薩摩藩の富国強兵に成功した幕末の名君の一人で西郷隆盛ら幕末に活躍する人材も育てた。
享年50。死因はコレラやそれ以外の病気を死因とする病死説が有力であるが、いくつもの矛盾点があることから毒殺説も支持されてきている。
照国大明神の神号を贈られ鹿児島市照国町に鎮座する照国神社の祭神。
島津斉彬が興した集成館事業の背景には中国でのアヘン戦争やヨーロッパ諸国のアジア各地での植民地化を進めていた事がある。
当時東洋一の大国であった清国が敗戦して植民地化されていったアヘン戦争については、それが記された書籍が日本に輸入されていたため実情はかなり正確に知られていた。そのため軍事力強化の重要性、富国強兵、殖産興業を唱えた。
上は薩摩偉人トランプのデザイン。
照国神社の横の公園に建っている公像と神紋である十八菊花紋を描きました。

寺山の隣には牟礼ヶ岡ウインドファームがあり、そこもトレッキングコースになっていて途中には巨大風車、山頂には重さ100tはあろうかというほどの 大きさ巨岩の牧神様、360度のパノラマ展望などを楽しめます。
牟礼岡自然遊歩道です。40分ぐらいのコースで小1の子供でも可だと思います。



牟礼ヶ岡ウインドファームの風車は計8基あります。
市内からも晴れてれば見えるあれです!
普通の地方巨大風力発所などは都会の大企業運営してるそうですが地元企業を募り、南九州クリーンエネルギー株式会社が設立され風力発電所建設計画になりました。
株式会社島津興業、薩摩酒造株式会社、NECパーソナルシステム南九州株式会社(カコイグループ)、鹿児島銀行、IHI 石川島播磨重工業株式会社だそうです。
真下から見る風車のデカさは大迫力です!!
寺山炭窯跡は鹿児島中央駅から車で1時間弱。
最寄りのバス停三州原学園前で約800M、徒歩12分。
僕はバイクで行きましたが、周辺道路は細いくねくね道で離合など少し難しいと思います。
時間をゆっくり持って出かけてください。
それでは次回は調所広郷と福昌寺跡です。