多賀山のすぐ下には石橋記念・祇園之洲公園があります。

 

鹿児島を流れる甲突川には、名石工である岩永三五郎の指導のもとに建造された五大石橋が架けられていました。

150年もの間、交通の要として親しまれてきましたが平成5年(1993年)8月6日の集中豪雨により2橋が流失してしまい、残った西田橋など3橋を水害のない街を造るという事で移設し整備した公園です。

他にも史跡が盛りだくさんで歴史の勉強に行くにも良いと思います。

 

鹿児島駅から磯庭園の方に15分ほど歩いたところに多賀山公園があります。磯庭園はまだまだ先で30分以上歩きます。

多賀山公園は少し高台にあり、桜の木が360本もある公園で東福寺城跡​と東郷平八郎の銅像が建っており、そこから桜島を一望できる眺めの良い場所となっています。

僕は家が近所なので、駐車場などがある入り口からは裏手に当たる鹿児島本線の踏切を渡り多賀神社に上がる石段を登ってその先の公園に入ります。

東福寺城跡地と石碑はありますが、公園として整備がされているため素人目には山城の面影を見るのは難しいと思います。

東郷 平八郎 1848年1月27日-1934年5月30日は日本の幕末から明治時代の薩摩藩士で、西郷、大久保と同じ下加冶屋町に生まれる。

大日本帝国海軍の軍人で初陣は薩英戦争でした。


日清戦争、日露戦争では連合艦隊司令長官として完全勝利をもたらし、東洋のネルソンと呼ばれ日本各地に東郷神社が建立され神格化されていたり、米海軍を含む各国の海軍でも東郷崇拝がされていました。
 

銅像の近くには墓もあります。


しん骨は国葬により多磨霊園に埋葬されていますが、ここには遺髪が葬られ墓が造られました。

同じ郷中の出身である西郷どんとのエピソードとして、イギリス留学中に西郷隆盛が西南戦争を起こして自害したと知った東郷は「もし私が日本に残っていたら西郷さんの下に馳せ参じていただろう」と言っています。実兄の小倉壮九郎は従軍し、城山攻防戦の際に自決しています。
 

西南戦争官軍戦没者慰霊塔

薩英戦争記念碑

岩永三五郎像

薩英戦争の祇園之洲砲台跡


JRや市電では 鹿児島駅から徒歩15分

水族館前バス停からは徒歩15分


カゴシマシティビューを利用では


城山・磯コース 石橋公園前下車
ウォーターフロントコース 
石橋公園前または祇園之洲公園前下車

​花見の季節の春から、石橋公園で水遊びが出来る夏がオススメです。

ザビエル上陸地点の記念碑

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​​日本鹿児島県

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