NO3 小松帯刀

(こまつ たてわき)

西郷隆盛と同様、島津斉彬に抜擢された「偏屈者」の一人。

幼い頃から変わっており、ひとたび勉強を始めると食事も忘れ、体を壊すまで没頭。

気休めにと母から楽器(琵琶)を勧められると、これまた没頭し病状を悪化させた。

 

噂を聞き興味をもった島津斉彬が、帯刀を呼び自由に意見を言わせると、

「幕府に無断で密航する藩士の海外留学」を提案、さらには幕府にバレた時の対策まで考えていた。

 

斉彬はこの大胆さを気に入り帯刀に「薩摩藩士留学の立案」を命じる。斉彬の時代に薩摩藩士の海外留学は実現されなかったが、のちに五代友厚らの「上申書」により、次代、久光の時代に、イギリス留学が実現する。

 

さらには28歳の若さで薩摩藩の家老となり英才ぶりを発揮、藩の重要事を任された。

 

西郷隆盛や大久保利通の活躍を裏から支え、大政奉還や明治政府の発足に重要な役割を果たしたのち、35歳の若さでこの世を去った。

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